およそ7万年前から3万年前にかけて、ホモ・サピエンスは船や槍、弓矢、油ランプといった精巧な道具を作り、遠方との交易を行い、芸術や社会階層の痕跡を遺すようになる。 この時期に人類の行動様式が飛躍的に高度化した現象を「認知革命」と呼ぶ。まったく偶然の遺伝子の突然変異によってサピエンスの脳内の配線が変化し、新しい種類の言語を用いて思考し、意思疎通できるようになったのである。
虚構が協力を可能にした
人間の言語は主として、周囲の人間関係についての情報をやりとりする「うわさ話(ゴシップ)」のために進化した。誰が信用でき、誰が嘘つきかといった社会的情報の共有により、サピエンスは150人程度までの集団を結束させることができた。 だが、認知革命の最も重要な帰結はそれをはるかに超える「まったく存在しないものについて語る能力」にあった。
「気をつけろ、ライオンだ」と言える動物は多いが、「ライオンはわれわれの部族の守護霊だ」と言える動物はサピエンスだけである。 共通の神話や虚構(フィクション)を信じることによって、互いに一度も会ったことのない無数の見知らぬ者同士が、柔軟に協力できるようになったのだ。宗教、国家、法制度、貿易ネットワークといった大規模な協力の仕組みはすべて、この共有された虚構の上に築かれている。
さらに虚構には、行動を素早く更新できるという決定的な利点がある。遺伝子に刻まれた動物の社会的行動の変化には何世代も要するが、サピエンスは新しい物語を語るだけで、ごく短期間に振る舞いをそっくり作り替えることができる。 この「文化」による高速の行動変容こそが、サピエンスを他のあらゆる動物から決定的に隔てるものであり、ここに生物学的進化とは異なる次元の「歴史」が始まったのである。
最初の豊かな社会
認知革命から農業革命までのおよそ数万年のあいだ、サピエンスは狩猟採集民として暮らしていた。 現代人の食習慣や欲求、たとえば甘いものや脂っこいものを見ると際限なく食べたくなるのは、木の実や熟した果実が手に入ったときにできるだけ多く摂取しておくことが生存に有利だった、あの時代の名残(強欲な遺伝子)である。
狩猟採集民の生活は、のちの農耕民よりも豊かで健康的な暮らしを送っていた可能性が高い。多種多様な動植物を食べていたため栄養バランスが良く、労働時間も短く、残りの時間は休息や遊びにあてることができた。 また、人口密度が低く定住していなかったため、感染症の流行にもさらされにくかった。彼らはしばしば「最初の豊かな社会」と呼ばれる。
彼らの多くはアニミズムを信じ、あらゆる場所や動植物に霊が宿ると考え、自然と対等な立場で対話していた。また、周囲の動植物についての精緻な知識を持ち、みずからの身体と感覚を巧みに使いこなしていた。 現代人は集団としては膨大な知識を持つが、個人としてはごく一部の技能しか持たない。平均的な採集民は、平均的な現代人よりもはるかに多才で機敏だったのである。
史上最も危険な種
新たな力を得たサピエンスは、アフロ・ユーラシア大陸を越えて地球全体へと拡散していった。 約4万5000年前、彼らは外洋を渡ってオーストラリア大陸に到達する。これは、まだ見ぬ土地について計画を立て集団を組織する想像力が必要な、まさに認知革命の成果の証しであった。
しかしその結果は破滅的だった。サピエンスの到達後、体重2.5トンに及ぶ巨大なディプロトドンをはじめ、オーストラリアの大型動物24種のうち23種が姿を消した。 約1万6000年前にアメリカ大陸に拡散した際にも、マンモスや剣歯虎など、北アメリカで大型哺乳類47属中34属が、南アメリカで60属中50属が絶滅した。ゆっくりと繁殖する大型動物は、人間を恐れることを学ぶ間もなく絶滅へと追い込まれたのである。
自然と調和して暮らしていたと美化されがちな古代の採集民でさえ、じつは地球上の大型動物のおよそ半数を絶滅に追いやった、史上もっとも危険な種であった。 人類は歴史のごく初期から、火と石器と、なにより認知革命がもたらした「協力と計画の力」によって、行く先々の生態系を根底から作り替えてきたのである。
