およそ135億年前のビッグバンによって物質とエネルギーと時間と空間が生じ、そこから「物理学」が始まった。 それから約30万年後に物質とエネルギーが結びついて原子や分子が生まれ「化学」が始まり、約38億年前、地球という惑星の上で分子が結合して複雑な構造を形づくり「生物学」が幕を開けた。 そして約7万年前、ホモ・サピエンスという生物種に属する生き物が、さらに手の込んだ構造である「文化」を生み出した。その後の人類文化の発展を、私たちは「歴史」と呼ぶ。
複数の人類種が併存した世界
私たちはふだん「人類」と「ホモ・サピエンス」を同義のようにみなしているが、歴史の大半において地球上には複数の人類種が同時に存在していた。 約250万年前、東アフリカで最初の人類が現れ、約200万年前になるとその一部が北アフリカ、ヨーロッパ、アジアの各地へと広がり、それぞれの環境に適応して異なる種へと進化した。
ヨーロッパと西アジアには頑強なネアンデルタール人が、東アジアにはホモ・エレクトス(直立した人)が、インドネシアのジャワ島にはホモ・ソロエンシスが、そしてフローレス島には島嶼環境で小型化した身長わずか1メートルほどのホモ・フロレシエンシスが暮らしていた。 私たちホモ・サピエンス(賢い人)も、食物連鎖の中間に位置する「取るに足らない動物」の一つにすぎなかった。
大きな脳と直立二足歩行の代償
人類に共通する際立った特徴は、体格に比して並外れて大きな脳を持つことである。しかし大きな脳は自然界では例外的な装備であり、莫大なエネルギーを消費するという代償を伴う。 人間の脳は体重の2〜3パーセントを占めるにすぎないが、身体が休んでいるときのエネルギーの25パーセントを消費する。大きな脳を養うために人類は筋肉を犠牲にし、身体的には脆弱な存在となった。
加えて、直立二足歩行はさらなる代償を課した。まっすぐ立つことで骨盤が狭くなり産道が狭まる一方で、赤ん坊の頭は大きくなっていったため、出産は命がけの難事となった。 その結果、自然選択は「早産」を有利とした。人間の子どもは他の哺乳類と異なり、未熟で無力なまま生まれ、長期にわたる保護と教育を必要とする。しかしこの「未完成のまま生まれる」という弱さこそが、人間を柔軟で学習能力に富み、強固な社会的絆を必要とする生き物にしたのである。
原初の魔法「火」の獲得
もう一つの決定的な武器は火の利用だった。約30万年前までには、いくつかの人類種は日常的に火を使うようになっていた。 火は暖と光をもたらし、猛獣を退けただけでなく、なにより「調理」を可能にした。
調理は硬い食物や毒を含む食物までも食べられるものに変え、咀嚼と消化に費やす時間とエネルギーを劇的に削減した。長い腸と大きな歯は不要になり、そのぶんのエネルギーを脳の維持にまわすことができた。 火を手にした人類は、初めて自分の身体の大きさや筋力によらない絶対的な外部エネルギーを獲得したのである。
早すぎた頂点への飛躍
とはいえ、この段階のサピエンスはなお生態系のなかで際立った存在ではなく、環境にほとんど影響を及ぼさない動物にすぎなかった。 人類が食物連鎖の中位から一気に頂点へと駆け上がるのは、この後の「認知革命」を経てからのことである。しかし、この急速な上昇は生態系に深刻なひずみをもたらした。
ライオンやサメのような頂点捕食者は、数百万年をかけて徐々にその地位に上り詰めたため、生態系の側にも彼らを抑える仕組みを発達させる時間があった。ところが人類はあまりに急激に頂点へと躍り出たため、生態系は適応する余裕がなく、なにより人類自身もその新しい地位に心の準備ができていなかった。
人類につきものの多くの残虐さや不安の根源はここにある。長らく弱い立場に置かれ、たえず恐れを抱いてきた者が、突然に絶大な力を握ったとき、その力を賢明に用いることは難しい。この「食物連鎖への飛躍」がもたらした心の未熟さを抱えたまま、サピエンスは歴史の表舞台へと躍り出ていくこととなる。
