およそ40億年もの間、地球上のあらゆる生命は例外なく「自然選択」という冷酷な法則に従って進化してきた。 いかなる生物も、みずからの遺伝子を意図的に書き換えたり、無機物から生命を創り出したりすることはできなかった。しかし今、ホモ・サピエンスはその絶対的なルールを打ち破り、生物学の歴史そのものを根底から覆そうとしている。
自然選択からインテリジェント・デザインへ
科学技術の爆発的な進化により、我々は自然選択に代わって「知的設計(インテリジェント・デザイン)」による生命の創造という、神の領域に足を踏み入れた。 そのアプローチは大きく三つある。第一に、遺伝子操作によって生命の設計図を書き換える「生物工学(バイオテクノロジー)」。第二に、有機体と非有機的な機械(サイボーグ・昆虫など)を融合させる「サイボーグ工学」。第三に、コンピューター・プログラムのように完全に有機的要素を持たない「非有機的生命の創造」である。
これらは単に病気を治癒したり寿命を延ばしたりするための手段にとどまらない。人間の知能や寿命、さらには感情や欲望そのものを設計し直し、人類という種をまったく別の何かにアップグレードする試みである。 近い将来、私たちは死を避けるべき自然の宿命ではなく、単なる技術的な「バグ」として処理するようになるかもしれない。我々は今、人類(ホモ・サピエンス)が終わりを迎え、新たな神(ホモ・デウス)が誕生する過渡期に立っているのだ。

至高の問い:我々は何を望みたいのか?
かつて人類を絶望させていた「飢饉」「疫病」「戦争」という三大課題は、完全に消滅してはいないものの、もはや制御不可能な自然の脅威ではなくなった。 しかし、神にも等しい力を手に入れたにもかかわらず、人類はかつてなく無責任であり、みずからの行動がどのような未来を招くのか、ほとんど理解していない。
最大の悲劇は、私たちが「自分が何を望んでいるか」を知らないことである。 欲望や感情そのものを生化学的に設計できるようになったとき、「我々は何になりたいのか」という問いはもはや意味を持たない。「私たちは、何を望みたいのか?」という、さらに根源的で恐ろしい問いに直面しているのである。
エピローグ:不満を抱えた神々
サピエンスの歴史は、アフリカの片隅で細々と暮らしていた「取るに足らない動物」が、生態系を破壊し、他のすべての人類種や動植物を絶滅に追いやり、ついには地球の支配者として神の座にまで昇り詰めるという驚異的な物語であった。
私たちはこれほど多くのものを征服してきたにもかかわらず、自分自身の欲望すらコントロールできず、つねに不満を抱えたままである。 「自分が何を望んでいるかもわからない、不満を抱えた無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?」 この問いに対する答えを出す時間は、もうあまり残されていない。
