CHAPTER 05

SCIENTIFIC REVOLUTION

無知の発見と際限なき力

SCIENTIFIC REVOLUTION

西暦1500年頃まで、世界中の人類は「最も重要な事柄は、神や賢人によってすでに過去の書物に記されている」と信じていた。 しかし過去500年の間に、人類の力はかつてないほどの驚異的な飛躍を遂げた。この「科学革命」の真の起点は、新しい知識の発見ではなく、人類が「自分たちは最も重要なことについて何も知らない」という事実を初めて認めたことにあった。

この「無知の発見」により、過去の権威を妄信せず、自らの観察と数学的推論によって新たな力を獲得しようとする道が開かれたのである。

科学と帝国の結婚

科学の探求には莫大な費用がかかる。その資金を提供したのは、新たな領土や資源を求める「帝国」であった。 近代ヨーロッパの帝国主義は、過去の征服者たちとは異なり、「白紙の地図」を携えて海に出た。彼らは「自分たちが世界を知らない」という事実を恐れるどころか、未知の空間を知識で埋めることに熱狂した。

クック船長の太平洋探検のように、科学的な探求と軍事的な征服は表裏一体だった。新しい知識(科学)は新しい技術を生み出し、それが帝国の軍事力や経済力を高め、得られた利益が再び探検へと投資される。 この科学と帝国の強力な結びつきが、ヨーロッパという世界の辺境を、わずかな期間で地球の支配者へと押し上げたのである。

Galileo Telescope pointing to Supernova

資本主義と「信用」の発明

科学と帝国をさらに強力に駆動したのが「資本主義」である。近代以前の経済は、富の総量が決まっている「ゼロサムゲーム」だと信じられていたため、経済成長はほとんど起こらなかった。 この停滞を打破したのが、「未来は現在よりも豊かになる」という前提に基づく「信用(クレジット)」の発明である。

まだ存在しない未来の富を担保に資金を貸し借りすることで、経済のパイそのものを拡大させることが可能になった。 得られた利益をただ消費するのではなく、生産の拡大に再投資するという資本主義の教義は、やがてあらゆる境界を越え、今日では人間の神を崇拝しない「新たな宗教」として世界を支配している。

エネルギー革命と大量生産

経済の無限の成長を支えるには、無限のエネルギーと資源が必要だった。この壁を打ち破ったのが産業革命である。 それまで人類は、人間の筋肉や家畜、自然現象といった限られたエネルギーに依存していたが、蒸気機関と化石燃料の利用によって、熱エネルギーを運動エネルギーに変換する魔法を手に入れた。

これによって工場での大量生産が可能になり、農業すらもトラクターや化学肥料によって工業化された。 あふれ出る安価な製品を消費し続けるために「消費主義」という新たな倫理が生まれ、人類はかつてない物質的豊かさと人口爆発を謳歌するようになった。

コミュニティの崩壊と想像上の共同体

産業革命は、生態系の破壊にとどまらず、数百万年続いた人間の社会構造をも根底から破壊した。 何百万年もの間、人間にとって最も重要なセーフティネットであった「家族」や「地域コミュニティ」の役割は、国家と市場に完全に取って代わられた。

福祉、教育、雇用、そして安全までを国家と市場が提供するようになり、人間はコミュニティの束縛から解放された「個人」となった。 失われた親密な共同体の代わりとして、国家は「国民(国家という想像上の共同体)」を、市場は「消費者(ブランドや趣味を共有する想像上の共同体)」という新たな帰属意識を人々に提供しているのである。

そして彼らは幸せに暮らしましたとさ?

科学と資本主義によって人類は神にも等しい力を手に入れ、乳児死亡率は激減し、飢饉も大幅に減った。では、私たちは狩猟採集民の祖先よりも幸せになったのだろうか。 歴史書の多くはこの「幸福」という最も重要な問いを無視してきた。

幸福は客観的な物質的条件だけで決まるわけではなく、人々の「期待」と「現実」の相関関係によって決まる。 私たちがどれほど豊かになっても、マスメディアや広告によって期待値が無限に引き上げられれば、決して満たされることはない。また生物学的に見れば、幸福感とはセロトニンなどの生化学的な反応の束の間の変動にすぎず、人類の幸福の総量は歴史を通じてそれほど変わっていない可能性さえある。 全能の力を手に入れたにもかかわらず、私たちが何を望んでいるのか、どこへ向かっているのか、人類は未だに答えを持っていないのである。